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2012年2月9日木曜日

ムンバイで、初めて病院のお世話に

月曜日の夜、どうも調子悪く気になったので熱を測ったら37.6℃。とにかくとっとと寝た。で起きて測ると38.1℃。「けっこう良く眠ったのに、しかも普通は体温低めの朝なのに」と、これはいよいよ病院へ行かなければならない事態だと悟り、家から近く評判も良い、大きな私立病院Lilavati Hospitalへ。

さて行ってみると、まず入り口はホテルやショッピングモールと同じでセキュリティチェック。そんで受付で「熱があるので診てもらいたい」と言うと、「外来の受付へ」とのこと。ウロウロしつつ「Out Patient's Department」とやらを見つけ、そこで聞くと「アポはあるか?」「ない」「初めてか?」「初めて」「じゃあDr.◯◯で良いですね?」「はい」とのやりとりの後「隣も窓口に並べ」とのこと。「はあ???」とよくわからず、またその隣の会計窓口で「Dr.◯◯に診て欲しい」と告げると、「初めてだったらこちらへ記入してください」とのこと。診察券を作るってことらしい。
で記入して提出すると、いきなり850ルピーかかった。診察券代50と初診料800。
ドクターの場所がわからず扉まで連れて行ってもらってそこの椅子にかけて待つ。

待つこと3−40分、ドクターに呼ばれて診察。熱の出た経過、せきが出ることなどを告げ、聴診器や血圧、体重を計る。「何で体重?」とは思ったけど、体重の5%水を飲まなならんそうだ。
「日本で流行っているから、インフルエンザの可能性がある、またデング熱やマラリアでないかも心配だ」と言うと、「なら調べましょう」とのことで、血液検査とX線検査をすることに。
で「明後日また来てください」ということでドクターの部屋を後にする。

さて、検査かと思って、場所がわからずウロウロしながら、検査の窓口にたどり着く。そこでもまずは支払いから。何事も先払いなのね。まあ逃げられなくって良いか。1450ルピーを支払い、またウロウロしつつ血液検査の部屋へ。
注射はまあフツーで、フツーにチクリとして、フツーに終わった。
X線の部屋もまたウロウロ、聞きながら聞きながらしてたどり着く。どこに書類を提出していいやらわからず、人の居る所で見せるとどうやら受け付けてくれたらしい。15−20分くらい待ったか、呼ばれて中に入ると島津製作所製のレントゲンが。おー、なかなか素晴らしい。これを見ると何か「信頼できる病院かも」と思ってしまう。
胸のレントゲンを取った後、頭部も。健康診断では撮られない場所なので不慣れだ。口を開けて押し付けるがしんどい。撮影後一旦外に出たが、写りが悪かったらしく頭部を撮り直し。ようやく終わった。

で最後が薬局。外部でも良いのかもしれないが、病院内に薬局があったので間違いないだろうと思い、そこに並ぶ。と言ってもきちんと並ばないので順番を抜かれているような気もしつつ、でも「はい次」って感じで処方箋をもらってくれて、薬が出た。643ルピー。

さて、帰ってから疲れたのか、何か横になりたい感じで、ベッドに横たわり体温を測ると、おっと39.1℃。39℃超えは小学生のときの麻疹以来か。気づくと1−1.5時間ほど眠っていた。

その夜は、さすがに熱が高いせいか、眠ってもすぐ起きて、水分を取っての繰り返しで、なんだか眠れたんだか眠れなかったのかわからん状態で水曜日を迎えた。
起きた頃は38.6℃、そのあとは解熱剤が効きだしたのか、37℃代へ下がってきた。

検査結果を聞く木曜日になった。昨夜は一度目が覚めたが一昨夜に比べるとけっこう眠れた。
朝電話でアポを取ってから、指定の11時の15分ほど前に着くように病院に行って、前回の要領で外来の支払い、窓口で「ドクター◯◯にアポを取っています」と告げ、部屋の前で待つ。まだ1組しかいないらしくけっこう早いかもと思っていたが、前の患者がぜんぜん出てこない。で11時を10分ほど過ぎた頃にドクターがやってきて、部屋のポストらしきものの紙を回収してから名前を呼んだ。「うん?」どうやら、支払いでもらった書類をポストに提出しないといけなかったらしい。2番目くらいと思っていた順番は4番目で、病院に着いてから1時間ほどかかってしまった。しかもドクター、11時からアポ受け付けてんのに、出勤11時10分くらいでっせ。まあインドならフツーか。

簡単に問診と聴診器の後、「検査結果のレポートは?」と聞かれて「はあ?」。どうやら自分でもらってこないといけないらしい。データをドクターに集めるような仕組みにはなってないのね。
さて、レポートの受取場所がまたわからず、ウロウロして受付で聞いて見つけ、ようやく血液検査結果受け取ると、「X線はあっちへ行ってね」と。またもウロウロして、「そうか一昨日のX線検査の受付か」と気づき書類を渡す。それからレポートを書いているらしく、15−20分ほど待つ。ようやく受け取りまたドクターの部屋へ。

さて御宣託は、と聞くと「Nasal Infection」だって。何それ?「I don't understand」と言いながら、もうちょっと説明してもらいつつ、電子辞書を取り出し単語を調べる。直接の訳が無いのでわからんがどうも「鼻の感染症」みたいな意味だ。
「汚れた空気とかそういうのが原因ってこと?」って聞くと、「そうだ」。「インフルエンザだと移すといけないので会社には行ってなかったが、会社に行っても良いか?」「問題ない」とのこと。
うーん、何かもうひとつ納得行かないというか、どうしてもインフルエンザだと思ってしまうのだが、まあとにかくデング熱やマラリアでなくて良かった。

日本でもそうかもしれないが、大病院というのは役割分担がされていて、 それぞれどこへ行かないといけないかがなかなかわからないし、システムがどうなっているかわからず、何を先にする(診察?支払い?)かもパッとはわからずややこしかった。相当ウロウロさせてもらいましたがな。
更に日本的感覚では検査結果はドクターに届けられていて、行ったらそれを元にドクターが「あなたの病気はね・・」と始まるかと思ったが、自分で集めた回らないといけないとは思わなかった。

インドらしく、Jobの分担が細かくなされて、かつお互い領分に踏み込まない、そういう感じの病院の運営である。正直初めてだと戸惑うことが大きかった。一度わかってしまうと次からは要領を得るとは思うが。
 

2012年2月6日月曜日

ノートパソコンを紛失・・・、でもあった!

デリーからの帰り、ムンバイ空港へ着いて荷物をひょいっと持ったら、何か軽い。
うん?と思ってカバンの中を見ると、ノートパソコンがない!
「ありゃー」と 思って思い出すと、さっきまで居たラウンジで、最後ちょっと家族とiPADでFacetimeをして、そのままノートパソコンをデスクの上に置いたまま出てきてしまったらしい。
とにかく、ラウンジの番号をiPhoneでせっせと調べて、何とか番号がわかった。「さっきまでおたくのラウンジ使ってたんだけど、ノートパソコンを忘れた。残ってない?」と聞くと「ある」とのこと。メーカ名なども合っているし、裏に前にムンバイの空港で貼らされた名前を書いたステッカーも貼ってある。 とりあえず現物は確認できた。
詳細はメールを送ってくれ、と電話に出た女声の上司のメールアドレスを聞いておいた。

さて、どうやって持ってくるか。明日日曜日だしデリーまで往復するか?
考えてみると月曜日のトレーニング・会議でデリーから出張で何人か来る。彼らに頼もう。
一人に電話したところ何回かかけてつながった。内容を話してお願いをしたところ、「OK」との返事。助かった。
家に帰って確認すると、帰宅途中にiPadから打ったメールに早速ラウンジから返信メールが入っていて携帯番号もある。

結局翌日、同僚が「今ラウンジに来たけど、確認のためにラウンジの上司に電話して」と言ってきて、電話して「今取りに来たから渡して」と頼んで、結局彼がノートパソコンを引き取ってくれた。やれやれ、助かった。

で月曜日、彼が会議室でノートパソコンを渡してくれて一件落着。ふーっ。やれやれ。

空港のラウンジという特殊な、インド社会の中の上以上の人しか居ない場所で、誰も盗る人がいなくて、またラウンジの職員も変な人でなくて、助かった。
でもインドは案外、東南アジアよりこういうことでの窃盗は少ないように思う。宗教的にモラルがあるのだろうか?

2012年1月23日月曜日

2月10日からKingfisherがOne Worldに加盟!

One Worldのホームページによると、インドの航空会社Kingfisherが2月10日に加盟するとのこと。
今までこういう国際アライアンスに加盟していたインドの航空会社はなく、Jet AirwaysがANAと提携していたくらいで画期的。ANAだとマイレージポイントはたまるけどプレミアムポイントは貯まらなかった。One Worldだとそのへん違うかもしれない。日本へ帰国するのにもCatheyが便利との話もあり、一度One World陣営の状況も調べてみよう。

2012年1月22日日曜日

ムンバイ日本人会新年会(2012)

赴任して1年弱、ようやくムンバイ日本人会の行事に参加した。

そもそも申し込みをして半年余り全く何の連絡もなく、一度名簿をチェックしたら全く登録から漏れていることが判明し、それを指摘してやっとメーリングリストで連絡が入るようになったのである。で初めて案内をもらった行事が新年会だったと言うわけ。
まあムンバイの日本人会は小所帯で、それら事務手続きも専任でもなくて業務の傍らボランティアでやられているわけなので、それを責めるつもりはない。

行ってみると多くの人。これは驚き。ムンバイにこんなに日本人が居たのか?しかも奥様方や子供さんなど今までほとんど見たことのない種類の日本人も居たことに単純に驚いた。たぶん250人以上の参加ではないだろうか?現在登録されているのが450名ほどと聞いているので参加率50%以上という大イベントである。

しかし知った人がほとんど居ない。今まで行事に参加していないのでホント誰が誰かわからないのだ。まあでもせっかくなので話せる人とは話をして少しでもかかわりを開始しようとあいさつを始めてみた。

結局30人くらいの人と話をしただろうか、案外うちの会社の近くのAndheri界隈に事務所を構えている方も多く、今後何かとおつきあいいただけるとありがたい。「赴任して1年」って言うと「まだ◯◯ヶ月」という人が多く、既に先輩扱いされたのは驚き。それだけ急速に日本人が増えてきているということだろう。この1年で100人くらい増えているようだ。

まずは紹介してもらったテニスの練習からでも参加することにしよう。

2012年1月15日日曜日

一大イベント「ムンバイマラソン2012」

ムンバイマラソンのドリームランという6kmのコースに参加してきた。
といっても、このコースはまじめに走ると言うよりは、参加することを楽しむコースで、みんな企業や団体で参加して、途中途中にスポンサー企業が出したステージがあってそこで踊ったり音楽聞いたりしながら、だらだらと6kmを歩くもの。

もちろんフルマラソンやハーフマラソンのコースはまじめに走っているのだが。


まあでも、ムンバイの街あげての大イベント、前夜祭のセレブリティのたくさん居た(僕には誰が誰かわからんけど)パーティなど含め、華やかなムンバイの側面を垣間見られた機会でした。

ただ「マラソン」と言っておきながら、全く走らなかったのは何となく消化不良。10kmでまじめに走るコースがあれば、それに参加するかも。

2012年1月13日金曜日

Auto expo 2012 (デリーモーターショー)

事前にインターネットで「チケットはメトロの駅で配布される」と調べてあったので、会場近くの駅までタクシーで行って、そこでタクシーを帰して駅構内へ。
色々聞いてみるが、しかしここでは配布していないようだ。仕方がないので外に出て聞いてみると「会場のゲート1へ行け、1kmあるけどな」とのこと。「タクシーを帰すんじゃなかった」とそのとき思ったが時既に遅し。仕方がなく15-20分ほど歩いて行くと途中のゲートも長蛇の列。ようやくゲート2に着いて、でもチケット売り場がよくわからずゲート1まで行くかと思って進むと、そこにチケット売り場があった。
当然そこはかなりの列。

まあしかし何とかチケットを手にしたものの、入場するにはセキュリティチェックもありこちらは人だらけの長蛇の列。まあでも、並ぶ仕方がない。iphoneをいじったりしているうちに列は進みやっとセキュリティチェックまでたどりついた。

ようやく入場し近くのホールにとりあえず入って見る。部品メーカーの展示ホールだったようで人もそんなに多くなく、僕らの普段見るような展示会と同じような光景。クルマを見るのにアタマがいっぱいで「名刺忘れた!」と後悔。日本のメーカもあったし部品メーカさんへ商売のきっかけづくりできたかもしれなかったのに・・・。反省。

その他にも中国の部品メーカが集まっているホールなど多数あり、どこもインド市場を開拓したい様子。

その後いよいよ完成車を見るかと思ってまずは商用車のあるホールへ。なんかわからんブランドForceのSUVなんかもあり、国産車もTATAとかMahindraばっかりじゃないことを認識。ちょっと前の中国ほどではないが小規模の自動車メーカも多数あるのかもしれない。

次に大きなホールへ行くが出口ばっかりで入り口がない。大きく回りこんでようやく入り口。どうやらTATAらしい。まずは商用車のTATA。トラックやバスがたくさん。そうしてNANOベースのコンセプトカーが見えてくる。なんかもうすごい人だかり。TATAグループ傘下のJaguarなんか人人人で何展示してるかわからない。その後VWグループで右にAudi、左にSKODAの展示、これもよく見えない。奥にあるBMWにも入ろうかと思ったがMINIの発表で盛り上がっていて全然勧めないのであきらめて一旦外へ。

次にTOYOTAのあるホールへ。これも混んでいて中々ホールに入れず裏へ回ってトヨタブースへ行く。INNOVAやFortunerのマイナーチェンジが目玉か?あまりコンセプトカー的なものはなく発売しているクルマ中心だが、Etiosでインドでモータスポーツをやることでスポーティーなイメージを出そうとしているみたい。
隣のFord、GMはなんか入場制限しているみたいで、Fordの途中までは入ったけどGMへは行けず。VOLTが展示されているかどうか見ておきたかったが・・。

お次はインド最大の自動車メーカマルチスズキのホールへ。ここは1社でホール独占。入り口からコンセプトを書いてあってなんか盛りあがる。SUVのコンセプトカーが目玉と、新しく発売するミニバンErtigaが展示されている。
多様なニーズに対応して先頭を走り続けようということらしい。

次のホールでは1Fと2Fがあり、まずは1F、ルノーと日産が隣になったグループのブースで、コンセプトカーはないがZやGT-Rなどインドでは(たぶん)市販されていないホットなクルマで注目を集めながら、一般発売のMicra、Sunny、発売予定のミニバンEvalia(NV200)などをしっかりPR。ルノーはF1で強いスポーツイメージを出しつつMICRAのルノーブランド版PULSEをアピールしていた。今後ルノーブランドがどれだけインドでも広がるかも注目だ。

お隣は元気な現代自動車。展示は現行の車種ばかりのようだけど、Sonata、Elantra、Vernaなどどれを取ってもアグレッシブでカッコイイデザイン。10年前マレーシアにいた頃はまだ現代自動車は日本車に憧れているけど買えない人のちょっとダサイめのクルマって感じだったがすっかり外観のデザインでは日本車を抜いてしまった感じ。こりゃ彼らがベンチマークしていたトヨタ超もあながち夢ではないのかもしれない。うーん、恐るべし。
 ちなみにモデルのおねーさんも質がイチバン高かったかも。i10に立っていたムスッとキツめの彼女が僕的にはイチバンだった。

2Fは2輪が中心。HondaとHeroの離婚組がどうか気になったが、Heroはブースに人少なし。Hondaはインド人には受けそうなモデルを使って多くの人を集めていた。うーん、現状はシェアトップのHeroだが5年後10年後はHondaの躍進を確信してしまったな、これは。それだけの勢いはある。工場も新設しまくっているし。

あと2Fの目玉はBajaj発の4輪車RE60。わずか200CCの4人乗り。TATA NANOよりもさらに小さく3輪車と本当変わらない感じ。安いグレードは後ろの窓はビニールみたいでかなりインド仕様。さてこいつがいくらで発売されるか?

別のホールへ移ってホンダを探す。BRIO、CITY、CIVIC、ACCORDと現行車種ばかりの展示でこれといった目玉はなし。ASIMOでも持ってくれば企業イメージ上がるのにな。マレーシアでも持ってきてショーやったんだけど。

またまた別のホールへ行って今度はVW。入り口が専用でドイツ人のスタッフで固めた白一色のブースは、インドにして欧州の雰囲気を出すことに成功している。これはかなりの金と努力の賜物。インドじゃありえない。
PhoetonやコンセプトカーのXL1などでイメージを上げておきながら、実際にはPoloとVentoを拡販しようとのことか?あともう一つのイメージリーダーとしえBeetleも投入するようだ。


 インドの老舗メーカPremierは現在ほとんど販売台数がないが、中国のメーカと提携してミニSUVで市場へ再参入のようだ。
以前Premierの工場へ訪問したときに見たのはダイハツのTarunaそっくりさんだったのだが、今回のショーではもうちょっとオリジナリティが出ていてかなりデザインいじったように見える。ダイハツ→中国メーカ→Premierとつながっているのか?単に中国メーカがダイハツのコピーしたものの再コピーなのか、よくわからないが、さて市場に受け入れられるか?

最後にベンツのホールへ。ここだけは別世界、ホール全てがハイクオリティ。 さすが王者。ホールへのアプローチ、ホール内の展示、帰りの途中にあるショップ、すべてがメルセデスクオリティ。さすがにカネかけてるね。”ブランド”とはこういうことかー、って感じがした。

総じて今回のショーは、インド自動車市場の成長の勢いと多様化が感じられた。単にミニカーだけの市場では決してなく、色んなバラエティが今後受け入れられていくということはわかった。もちろんボリウムゾーンは引き続きAセグメントになるのだろうが。各社がどう対応して市場に受け入れられるか、なかなか面白い。2000年代の中国と同じでもはや10年同じモデルを作っていて売れる市場ではなくなっている。今後はグローバルな最新技術、最新モデルをベースにインド市場に合わせたカスタマイズ・ローカライズができた会社が市場を取っていくように思う。
楽しみなマーケットである。



2011年12月18日日曜日

3週連続で週末インターネットが使えない!

先々週、先週と週末2週連続でインターネット落ちっ放し。月曜日夜帰ると大体直ってるんだけど。
で、今週は土曜日は使えていたけど日曜日の午前中に落ちた。
まったく、一番インターネットを使う週末に使えないのはイタイ。

代替手段として、TATA Photon Mobile WIFI (日本で言うポケットWIFI)を確保しているから良いものの、代替手段がなかったら相当大変。しかも速度はやっぱり遅い・・。

今やインフラとなっているインターネットだから、駐在員は代替手段を確保して二重化を図っておくことは必須。インドでは1つのインフラに依存するのはリスクが大きい。

2011年12月12日月曜日

久々に激昂 ーー ムンバイ空港にて

インドの空港では機内持ち込み荷物には、紙の荷物タグを付けてセキュリティチェック時にスタンプをもらわなければならない。
そのことで今日トラブルが…。

2つの手荷物のタグを付けてセキュリティチェックへ行ってX線の機械に通す。 ボディチェックに並んでようやく終わってカバンを取ろうとするとTUMIのバッグが床に転がっている。「何だ」と思いつつ「取れ」と言うと「タグが付いてない、取ってきて付けてもう一度X線装置を通せ」だと。
たまに僕もタグを付け忘れることがあり、そういう時は素直に取りに行くが、今日は間違いなく付けた。取れたのはそっちのミスだろ。
「私は確かに付けた。取れたのはそちらの問題だから、タグを付けてスタンプを押してくれ」と言っても「付いてなかった、紐だけ残っているのは古いタグの跡だ」などと抜かしやがる。自分のミスを認めようとしない不届き野郎、と思って大声で「私は確かにタグを付けた。タグを付けてスタンプを押せ!!」と怒鳴ってしまった。

どうもインドでは納得がいかず激昂してしまうことがある。

結局はインド人同僚が一緒にタグを取りに行ってくれX線装置は再度通さずにスタンプをもらったのだが、僕はあの係員がタグがないことを僕のせいにしたことが許せなくて、ずーっと睨みつけてやった。

それにしても、たまに堪忍袋の緒が切れる、というか我慢の許容量のレベルを超える瞬間があって、そうなるととっても怒ってしまう時がインドではある。
僕は少ない方だとは思うけど今日は切れてしまった。インド駐在員の間では共通した現象のようである。

まあそもそも僕のTUMIカバンを床の上に放り出す失礼な態度がなければここまで激昂しなかったとは思うのだが、
なんかカチッとスイッチが入ってしまうことがあるようだ。

やれやれ、疲れたな。

2011年12月5日月曜日

インドの道路事情 ー Highwayって!?

National Highway
インドにもHighwayがある。これを高速道路と理解するとこれが間違いの元。牛は歩いているわ、集落ではたくさん人横断してるわでとても高速道路とは言えない。そう、Highwayはタダの国道なのである。
厳密に言うとNational Highwayとか、States Highwayとかあるので、国道とか、県道とか、って感じ

では高速道路は?
そいつはExpress wayと呼ぶ。

でも滅多に存在しない。

Express Way
僕の知ってるのはムンバイ ー プネのExpress wayとノイダのExpress wayくらい。他の新興国と比べても圧倒的に弱いのでは?中国なんて立派な高速道路網があるもんねー。

これが未だ物流面が課題のインドのロジスティクス事情を生んでいると思われる。
民主主義国だけになかなか強制立退きさせて強引に整備できないのは仕方がないけれど、もう少しスピードアップできないものか?と、けっこう切実に思う。

2011年12月4日日曜日

Citibankのコーポレートカードがようやく! 申し込み後6ヶ月以上!

あんまりにも前なのでいつ申し込んだかも忘れてしまったCITIBANKのコーポレートクレジットカード。でもどう考えても4月以前であり、半年をとっくに経過している。

そもそもICICI BANKのコーポレートクレジットカードが、海外で使えないことが多い、サービスが悪いなどという話もあり、また「すぐできる」というので僕は最初からCITIBANKでコーポレートクレジットカードを作ることにしたのだが、やはりそこはインド。まあーよくもこんなにも時間をかけてくれたな。
その間出張旅費は建替え。当初2ヶ月ほどは日本の個人クレジットカードで、その後インドで作ったCITIBANKクレジットカード(こっちは1ヶ月半くらいでできた。今思えばまだ早かった・・。)で建て替えていたが、国内は良いんだけど海外出張だとレートの差でチョコチョコ損してるんだよね。まあ大した金額じゃないので気にしてないけど。

まあ兎にも角にもようやくですよ。
これでクレジットカードへの支払いのやりくりを考えずによくなってラクになるわ・・。

2011年12月3日土曜日

おっ、もうインドでiPhone4S発売!

今日Powaiで大手電気店e zoneに寄ったら、iPhone4Sと書いてありビックリ。
iPhone4発売は半年位前で、他の国の約1年遅れだっことを考えると今回は早い!
僕はソフトバンクで機種変更(3GS>4S)してしまったのだが、失敗か?まだ4SのSIMロック解除報告されてないみたいだし。
でも64GBモデル、57500ルピー、日本円で約10万円超は高いなー。 

で、現地の話題はSIRIがインド英語を理解するか?って、そらあんた無理やがな・・・。オージー・イングリッシュが無理って言ってんねんからインド英語はあと1年後くらいとちゃうかー?

2011年12月2日金曜日

「アリの巣コロリ」効果あり!?


1ヶ月ほど前に仕掛けた「アリの巣コロリ」。
その後ウロウロしていたちっちゃなアリが出なくなった。
ペストコントロールしてもらっても退治できなかったけど、アリの巣コロリはちゃんとアリが巣まで持って帰ってくれたようだ。
日本のクスリだとインドの強力アリには効かないか?と思ったけど効果があったようだ。Very Good!! アース製薬様様!

インド赴任には「アリの巣コロリ」必須アイテムかも。

2011年12月1日木曜日

0時過ぎのムンバイ空港国際線は大混雑!

0時過ぎにルフトハンザでムンバイ空港に到着。端の方のゲートからひたすら早足で歩きエスカレーターを降りてImmigrationへ着くと、人人人人・・・・。うわーっ、これまでにない大混雑!こりゃ参った。

どうやら欧州便はこの時間帯に集中的に着くらしい。周りの会話からは米国からも着いているようだ。とにかく欧米からの到着便が多いようだ。改めてムンバイが欧州への玄関口であり、アジア便よりもむしろ人の行き来が多いことを認識する。

彼らは決して「Look East」ではなく、常に「Look West」 であることを認識して取り組まないと間違えるな、と再認識した。

2011年11月21日月曜日

インドの郵便、ちゃんと送ってくれるのか信用できない!?

9月のアタマに子供の誕生日カードを書いてアパートの前のポストに投函したのだが、未だに着いていないらしい。これはもう紛失間違いないだろう。

原因は何か?
そもそもポストの集配ってちゃんとやってるのか?
調べて貼った切手が不足していたのか?
うーん、わからん。

次回は郵便局まで行って窓口で出してみるとしよう。

2011年10月24日月曜日

赴任後で一番体調が悪い?

先週日本へ帰る前からデリー、バンガロールと飛び回ってちょっと疲れていたのか、金曜日に日本に着いてから腹の調子が悪い。完全な下痢になってしまった。インドで悪くなったのか、日本の水が合わなかったのかわからんけど、まあインドでの疲れがちょっと出たのかなあ?
1月末の赴任後、ほとんど下痢はしていなかったのでたぶん初めて。珍しいこともあるもんだ。

2011年10月8日土曜日

ドライ・デー=アルコール禁止日

インドにはドライ・デーなるものがある。日本語にすると「乾いた日」じゃなくて「アルコール禁止日」って感じかな。
ウチのドライバー通称良純くんによると、1月26日、5月1日、8月15日、10月2日、10月8日 がドライ・デーらしい。順番に共和国記念日、メーデー(Labor Day)、独立記念日、マハトマ・ガンディー誕生日、マハトマ・ガンディー誕生日7日目というのが理由。
最後の誕生日7日目というのはよくわからんが、インドでは7日間誕生日を祝うらしく、その初日と最終日はアルコールは禁止らしい。禁欲的なガンディーさんのためかな?

そういえば先週デリーに行った時、ちょうど酒屋が閉まっていてビール買って飲もうかと思っていてガッカリだった日があったが、10月2日だった。そしてその日ラージ・ガート(マハトマ・ガンディーの火葬を行った場所)にも行ったのだが、エラいたくさんの人がお参りしていて、TVクルーも入っていたので「何かな?」と思っていたが、誕生日だったんだね。みんなお祝いしてたんだ、なるほど。

2011年10月5日水曜日

PUJAは護摩だな。

デリーの在庫センターのオープニングで「Puja」と言って、お坊さんが来てお祈りをしてもらう。
宇宙を表しているボードみたいなのの上に色々とお供え物をしながら祈って、途中からは火をつけてそこにもお供え物をしていきます。
密教の「護摩」って感じ?
同じアジア人として文化的にそう遠くない感じでそんなに違和感はなかった。

2011年9月30日金曜日

The X Factor (USA)

TVを見ているとAmerican Idolの審査員で有名だった「Simon Cowellの新番組が始まる!」みたいな番組宣伝をやっていたので録画をして早速見た。「The X Factor」という番組で英国版はPop Idol終了後もう6−7年やっているらしいが、その米国版をAmerican Idolと同じFOXでやることになったらしい。しかも審査員にSimonに加えてPaura AbdulというAmerican Idolの黄金コンビ。このために2人ともAmerican Idol降板したのね。

年齢下限は12歳で上限なし、ソロ部門は29歳以下男性、29歳以下女性、30歳以上、それとグループ部門の4つでのコンペティションになるようだ。
40代、50代の人が予選通過するとうれしくなるし、14歳とかウチの娘と同じ、と思いながらそういう子が通ると思わずお父さんの気持ちで涙しながら見てしまっている。 
これも毎週録画にして見ることにしよう。ちなみにインドではAXNで放映しています。


どうも僕はこの手の歌のコンペティションものが好きなんだよなー。

2011年9月28日水曜日

オフィスで停電

午後3時頃だったか、バシュン!って言ってオフィスの電源が落ちた。パソコンのディスプレイーが消えて昭明も落ちている。やれやれ、停電だ。まあデリーだと毎日数回起きるけど、ムンバイでは珍しい。年に数回程度か?まあノートパソコンはバッテリーがあるのでオフラインでできる作業を気にせず進める。

30分くらいしただろうか?復帰した。

まあこの程度のことは十分あり得るし、ノートパソコンを使っている限りは大して支障もないので何てことはないな。

2011年9月26日月曜日

長いモンスーンシーズン(雨季)が終わった・・。

木曜日の朝にちょっと降ってから、雨がふらずこの週末も多少晴れ間があった。どうやらようやく長い長い4ヶ月に渡るモンスーンシーズン=雨季が終わるようだ。


天気が良くなると出かけたくなって、久々にSea Link(海の上を走る高速)を通ってムンバイ南部の中心部へ行って来た。
広々とした道をイイ天気の中駆け抜けるのは気持ちいい。

Sea Linkは今後更に南に伸びて最終的にはNariman Pointという南部のビジネス街までつながるらしい。便利になるけどムンバイの名所Marine Drive( 円弧状に続く海岸沿いに走る道路)の向こうに高速が見えているのは無粋だろうな…。

阪神高速が猪名川沿いを伸びてすっかり景観が変わった僕の生まれ故郷、池田と一緒だ。