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2012年1月29日日曜日

カジュラホー&ヴァラナシ旅行第4日-ガンガーの日の出とサラーナス

5時半にホテルを出て昨日空港へ迎えに来てくれたドライバーの運転でガンガーへ。車中色々話をしたが、ドライバーの主な副収入は土産屋からのコミッションで通常5%、米人はカネ払いがいいから10%が相場らしい。あとアーユルヴェーダは20%と高いコミッションをくれるとのこと。観光の際などに土産屋に寄らないと不機嫌になるドライバーへ、時間節約のために土産屋をスキップさせてチップを決める際に参考になりそうなTIPSである。

ガンガーに着くと意外なくらい人が少ない。もっと多くの人がみんな沐浴しているかと思ったが・・。でもおじさんおばさんが数人沐浴しているので撮影をしてから、用意されたボートへ。
ホテル手配のえらい高いボート(1時間450ルピー、たぶん相場は150-200ルピーくらい)だったが、僕一人だけの貸切だったので気分良くスタート。
どうやらスタート地点は端のほうのガートだったようで、北上するにつれにぎやかになってくる。ガートと街灯が川面に揺れてなかなか情緒のある風景だ。メインのガート付近からボートに乗る人も多いらしく川の上にもボートがいっぱいになってきた。焼き場のちょっと先まで行ってもらって引き返す。帰りのほうがガートに近い場所を通る。焼き場のそばで女の子2人がボートを漕いでいると思うと「Candle?」と聞いてきた。商売か、全くたくましい。

「いらない」と放っておいて先を行く。確かに気づくと川面にロウソクが浮かんでいてこれもまたなかなかきれいだ。徐々に東の空が明るくなってくる。メインのガートに近づくと多くの人が居るが思ったほど川に入っている人は多くない。案外こんなものかな。でも一部でクロールをしたりかなり沖まで泳いだり、やたらと元気な一団も居たり、日本人らしき若者2人が寒そうに川に入っていったり、眺めているのはなかなか面白い。

そうこうするうちに東の空にぽっかりお日様が現れた。ガンガーに浮かぶ東から昇ってくる太陽。それはやはりどこか神々しい。これを崇拝したい気持ちは理解しうるものだ。日本も元来太陽信仰だということからすると共通する感覚を持っているのかもしれない。
だんだんと乗った場所へ近づいていく。お日様の前をボートが行き交い、向こう岸は砂の岸になっており雰囲気があり飽きない。元に乗ったガートへ到着するがそこで沐浴する人やガンガーの風景をもう少し撮って引き上げる。

ホテルへ戻る途中ドライバーさんが少々自慢げにヴァラナシ大学を案内してくれたので素直に着いていった。65もの専攻と33,000の学生がいるという巨大大学である。トップクラスの大学のひとつであるらしいことは理解できた。

ホテルで朝食を取って、そのあとサラーナスへ寄ってから空港へ行くという話をして、チェックアウトの支払いをして車を待つ。ところがいつまでたっても全然来ない。最初「10時」と言っていて、「11時になります」と言ってきて、結局12時になってようやく来た。なんでこのしょぼいホテルで4時間も過ごさないとあかんねん!全く時間を無駄にしてくれる・・。

腹立ちを抑えきれないままサラーナスへ向かう。途中ちょっと渋滞していた箇所もあり、実際に使えた時間は30分強。ここはブッダがボードガヤで悟りを開いた後に、初めて説法をしたという場所で 仏教4台聖地に数えられるらしい。大きなストゥーパがあるのでそこへ向かうと、韓国人とすれ違う。チベット系の人も多くいるし、タイ語らしき声も聞こえてくる。さまざまな仏教国から人が訪れている感じがわかる。ストゥーパ以外は土台だけが残る遺跡のような場所だが、木などに雰囲気があり、2000年以上前のことが想像できる場所だ。本当なら大昔に想いを馳せながらゆっくり過ごした居場所だが何しろ時間がない、次に博物館へ向かう。2-5世紀くらいのブッダ像を中心とした彫刻が展示されている。
ガンダーラ美術よりはもうちょっとインド化が進んだ感じだが、日本の仏像ほどはふっくらとせず、ほっそりしてなかなか男前。ここもゆっくりひとつひとつ鑑賞したい場所だが、10分で通過し、最後にお寺へ。
ここも各国の信者たちが訪れている。作りが石であってもちゃんと鐘があり仏像があると、お寺らしい雰囲気だ。内部はブッダの一生を描いた壁画が飾っているが、戦前に日本の画家が描いたものらしい。こういうインドと日本のつながり方もしているんだな。
サラーナスは半日くらいかけていても良いような場所だったが、残念ながらフライトまでの時間がなくなってきた。クルマに戻りドライバーに空港へ急いでもらう。これで今回の旅は終わりだ。

でもせっかくだからと寄ったヴァラナシ、案外悪くなかったな。ガンガーの風景とガート、そこへ至る入り組んだ道は旅人を寄せ付ける何かがあるのだろう。時間があれば、ひたすら入り組んだ道をあっちへいったりこっちへいったりしてみたくなる気持ちが僕にもあった。ムンバイからの交通の便的にまた来るかどうかはわからないけど、来ることがあればまたウロウロしてみるのは悪くない。

2012年1月28日土曜日

カジュラホー&ヴァラナシ旅行第3日-ナショナルパークでのサファリとヴァラナシへ

今日は事前には全然知らなかったパンナナショナルパークへ行くことにした。運がよければトラも見られるとのこと。5時半にホテルを出発して30分強でナショナルパークの受付へ。そこでチャイを入れてもらいホテルから持参の朝食弁当、マサラ・オムレツ・サンドイッチを食べる。

朝食後いよいよサファリへ。ここまで来たマヒンドラの4駆(ジープ)の後部の幌をはずしてオープンにしそこに座った。さすがにまだ寒い。しばらく行くと、鹿がいた。その先にも別の種類の鹿、その後野生の犬という風情のジャッカルなども。ただトラが水のみに来るという場所には残念ながら姿なし。結局2時間ほどでクジャク、ワニ、猿、イノシシ、タカなど色々な動物の自然の生態を見ることができた。

ただハイライトとなるトラが見られなかったこと、群れがサルを除いてはそれほど多くなく、せいぜい一家族といった規模でいるという点で、ザンビアなどアフリカのサファリと比べて迫力と「うわー」というすごさ、例えば像の群れやカバの群れを見たときのような感じはなかった。

ホテルに戻ってシャワーを浴びた後空港へ。清算するに当たり色々手配してくれた旅行会社のお兄ちゃんに「ちゃんと請求書・領収書を書いて」と言うと用意していなかったらしく、慌てて空港の駐車場で誰か知り合いの帳票をもらってきて書いてくれた。「この調子だとひょっとしたら法外な価格を言ってくるか」と思ったが、そんなことは別になく、請求額はリストの価格を足し合わせたもの、5000ルピーだった。まあリスト価格が元々インドにしてはかなり高い価格に設定されているのでこれだけ渡せば十分だろう。

チェックイン後に何か食べようかと思ったが、売店のスナックしかなく仕方がなく「Oreoとコーヒー」と頼むと「300ルピー」だと。おいおい空港が高いとはいえそれはないだろうと「Too Expensive!」と言うと「OREOは米製のだ」という。「そんなもんいらん、インド製を出せ」と言ったらBritaniaのビスケットを出してきたので「それで言い」と言ったが、今度は250ルピー。おいおい、ふざけるなと思って交渉した結果結局150ルピーに、それでも通常の街のレストランのランチ並みなので十分高いが「まあ空港だから街中より高いのは仕方がない」と許してやった。

ヴァラナシではホテルがまったく取れず、ぜったいこのホテルでこの価格はありえないというホテルを取っていた。迎えに来たドライバーに聞くとどうやら医学の学会があるらしく市内のホテルと言うホテルはすべて満室だそうだ。いやー、やられた。
ホテルに着いてみると想像通りで、風呂トイレ共同のしょぼいホテル。まあでもヴァラナシ経由でカジュラホーまで行って、全くヴァラナシでガンガーを見ないというのも何なので、せめてガンガーだけは見ていこうと一時下車(下機?)したのだ。

荷物を置いて、怪しいのでパソコン他はスーツケースに入れて鍵をかけて出かけた。呼んでくれたオートリキシャも駐車場で待っててくれるとは言え良い値段だ。街がみんなで寄ってたかって旅行者から巻き上げている。まあ有名な観光地なんてそんなものか。
リキシャに下ろされた駐車場で「ボート」とおっさんが早速寄ってきてふりほどいたは良いがいったいどっちへでたらガンガーなのかさっぱりわからない。またなんでかiPhoneの調子が悪くGoogle Mapが全然表示されない。何となく「こっちかなー」とカンで進みつつあると、話しかけてきたおっさんが居て自分もガンガーへ行くというからついていった。そのうち後で「店を見に来い」というので「ははーん」と思いつつ、まあ多少買うくらいは良いかと思ってついていったらいきなり焼き場に連れていきやがった。で別の奴が出てきて話を聞いているうちに「ホスピスが隣だから見に来い」とか言う。「うん?これって地球の歩き方に書いてあったカネ巻き上げるやつ」と思ったので、振りほどきもうちょっとそばで焼き場を眺める。もっと体を焚き火で焼くような感じかと思っていたが、ちゃんと遺体は布でくるまれていて、薪とは言えうまく燃えるように色々な油を使っていて、焼けるのに3-4時間とちょっと長くかかるようだが、途中も姿がはっきりわかって生焼けということもなく、見た目は普通の火葬場で焼いているのとそうかわらない感じだった。
なんかもっとショックを受けるような場所を想像していたが、「まあこんなもんか」という感じ。むしろ名古屋の八事のほうが焼く温度が低いのか時間が短いのか、あるお葬式の時は骨がそのまま残りすぎていて個人的にはショッキングだった。

その後、おつきあいで彼の店へ付いていって、そんなに押し売りされるでもなく、でもまあつきあいで男性でも使えそうなシルクの小さいスカーフを1200ルピーから600ルピーに負けさせて買った。
その後またガンガーへ連れて行ってくれるかと思ったら、用が終わったら「ほかの人のところは行かなければならなくなった」とか言ってさっさと行きやがった。まあ一緒にいても鬱陶しいのであえて引きとめもしなかったが。

ガンガーはちょうど夜6時半を過ぎてPUJA(儀式)の時間。何ヶ所ものガートでPUJAをやっている。PUJAそのものは在庫センターの開所式とかで自分でもやっているので、やり方が違うとはいえ、まあでもそれほど面白いものでもなく、さーっとみて通り過ぎた。夕方だからか沐浴する人も誰もいない。これは明日の朝もう一度来て、見てみなくては、ガンガー自体の雰囲気は多少見たとはいえ、ガンガーを見たという感じがしなさすぎ。
ということでホテルに帰ってから明日早朝もう一度来ることとボートに乗ることを約束して手配してもらうことにした。

2012年1月27日金曜日

カジュラホー&ヴァラナシ旅行第2日-カジュラホー寺院めぐり

昨夜頼むことにしたタクシーのお兄ちゃんが9時にやってきた。早速出かける。まずは南群へ行くという。チャトゥルプジャ寺院だ。ちょこんと小さな寺院が草原に突っ立っている感じ。でもやっぱり彫刻はなかなか素晴らしい。そして次には発掘中の寺院へ行くとのこと。途中水汲み場に集まっている子供たちや人々が素朴でいい感じだ。

発掘現場へ行くと小高い丘を掘って、寺院が出てきている。管理人みたいなおじさんが居てわかりにくい英語で説明してくれる。というか単語を並べているだけでかつこっちの話はわからないらしい。やれやれ。まあとにかく今掘って行っていて出てきたものをまた新しい金具で組み合わせて組み上げていっているらしい。まあ気の遠くなるような作業である。こういう事業にもユネスコの資金は使われているのだろうか?85寺院中現状25寺院しか整備されていないというから、残りの寺院の発掘にもお金が回るとこうして徐々に再整備されていくかもしれない。

次の南群寺院はドゥラーデーオ寺院。ここにはありました!左右側面にお約束の「!!!」が・・・。さすがカジュラホー。西群だけではなくそこここの寺院がこうなんだな。

そこから少し北上し東群寺院へ。まずはジャイナ教寺院から。ここも現役の寺院がありまずはそこを除いてみると、まあ熱心に体を折るようにして祈っている。ジャイナの純粋さというか真剣さを見る。ただ見ていると仏教と似たような雰囲気で、仏教、ヒンズー、ジャイナは親戚であることを感じる。
その奥は今は使われていない純粋な遺跡としての寺院が10個ほどあったろうか。うち2つパールシュヴァナータ寺院がかなり整備されていて中に入ってもこれまで見たヒンズー教寺院とそっくり。ジャイナの丸裸の聖人の像があって、ヒンズーの奔放な像がないのが違うくらいだ。

更に北に行くと東群の他の寺院へ。これらはヒンズーの寺院。ブラフマー寺院、ジャヴァーリー寺院のそれら2つを回って出てくると、タクシー(というか旅行会社)のお兄ちゃんが「この人は日本にいる人だよ」とインド人を紹介される。話をしていると大阪の新北野のあたりに住んで茨木に通っている、正月と親に会うのに1ヶ月ほど帰省しているとのことだった。いやいや、なんか身近なところにつながる色々な人がいるね。

お昼を食べて「午後からナショナルパークに行くか?」と聞くので、それなら明日の朝にして(そのほうが動物がよく見られるだろうとの思い)、昨日消化不良だった西群の寺院をもう一度回ることにする。そして今夜ダンスを見ることに。

きっとさーっと見て終わって時間が余ってさっさとホテルへ戻ることになるだろうと思っていたが、外の彫刻を順番に丁寧に見ているとあっという間に時間が経ってしまった。

ちょっとわかってきたのは、象や馬などを押し立てて戦争へ行く場面も多くあること、そして戦勝を祝い、ダンスをし、そして性を謳歌している、つまりは生きて帰ったこと、生を喜んでいるということだ。文学においても生と死を描くための題材としてセックスは切り離せないテーマだが、ヒンズー寺院においても生と死という根源的なテーマにかかわりこういう性の描写がなされている気がしてきた。そして宗教とは死を受け入れるために不可欠なものであるからこそ、生を喜び宇宙と一体となり死後も次の世界へつながるもの(つまり輪廻転生)として、それらは切り離せないものなのだろう。

夜のダンスは各州の伝統的な踊り、つまりフォークダンスを色々と見せるというショーであった。まあ各地の盆踊りを見せる、みたいなものだ。いくつかの曲(Panajab州のときの曲とか)は僕らがディナーをやるときにかかる曲もあり、民謡っぽい曲が今でも流行っているということが実感できた。

2012年1月26日木曜日

カジュラホー&ヴァラナシ旅行第1日-カジュラホーへ

ムンバイから直行便がなく、スッと行きづらいカジュラホーへ、連邦共和国記念日に有休をくっつけて行くことにした。まずは朝8時過ぎのフライトでデリーへ。いつものように出発も遅れ到着は更に遅れ30分を過ぎているか。そこへ特別機が飛ぶとか何とかでデリー空港がしばらく封鎖とのアナウンス。おいおい。
結局予定の1時間半ほど遅れ11時半を過ぎてようやく次の寄港地のヴァラナシへ。ここでは1時間も待たずに再度飛び立った。が結局1時間遅れくらいでようやくカジュラホーへ着いた。

それにしても何でこんな寄り方をするのだろう。例えて言うならば東京から長野へ行くのに大阪へ寄って、金沢へ寄って、長野へ行くような感じ。まっすぐ行ったほうが絶対に早いし近いのにわざわざ回っていく。カジュラホーが北インドを周遊するコースに組み込まれていて、ムンバイからの直行便にすると利用者がほとんど無くなるのだろうか。
ホテルからの迎えの車に乗って予約していたチャンデラホテルへ。パッと見た目はそれほど豪華という感じもなくフツー。迎えの車のお兄ちゃんが「この後お寺を見に行くか?」と言うので「行く」と答えると待っていてくれることに。

チェックインして荷物を置いて早速出かける。念のためタクシーの料金表を確認。半日(4時間)で900ルピー。ちょっと高い気もしたがまあ良いかと乗る。寺の跡はライトショーやダンス鑑賞もあるとか色々提案して来る。まあとにかくまずはお寺を見てからということで、西群のお寺へまずは行く。一番近くて実はいきなりのハイライト。外国人価格250ルピーを払い入場。ガイドが売り込んできてうるさいのも嫌なので音声ガイドを100ルピーで借りる。これで落ち着いて自分の見たいように見られる。まず入って左側のラクシュマナ寺院へ行くがちょうど同じ飛行機で着いた団体さんがたが集積していて落ち着かなさそうなのでやめて中央のカンダーリヤ・マハーデーヴァ寺院へ。靴を脱いで中へ入ると見事な彫刻が室内にたくさんあってうれしくなる。もうカメラでバチバチ撮って外へ回る。左側から見ていくとヒンズーの色々な神様があって、もう少し行くと「!!!」。ありえないアクロバティックな格好のカップルに、いきなりはカジュラホーのハイライト中のハイライトに来てしまったと思う。まあそれにしても「こんな屋外の青空の下にあっけらかんとあるなあ」、という感じ。
もうちょっと裏側に回ると上へ上へ伸びるシカラがよくわかりお寺の造形自体の素晴らしさも感じる。右側へ回ってくると。おっと「!!!」、またあった。どうやらお寺の左右側面中央はそういう場所らしい。まあでも宇宙とつながる大切なことなのだろうから堂々としていて良いのだ。
一回り小さなお隣も同じ感じで、とにかく今日夕方までにざーっとは見ておきたかったので次々に回る。ちょっと古い感じの  寺院も側面中央はやっぱり「!!!」だった。やるなあ。

最後にラクシュマナ寺院を見ているうちに、やたらとホイッスルが聞こえると思ったら警備員が「5時半だから出て行け」と言う。うーん、時間切れ、残念。ざーっとは見たけど一つ一つ彫刻を鑑賞したい気持ちは満たされず、できれば明日か明後日来ようと思いながら後にする。
隣に見えた現役のヒンズー寺院、マタンゲーシュワラ寺院にも行ってみると、どうやら中に入ってもよさそう。お坊さんに招かれて中に入ると、おでこに朱色のしるしをつけてくれたので50ルピーお布施を払う。現役の寺院はそれほど外壁に彫刻もなく、中もあんまり掃除されておらず雑然としている。やはり西群寺院は世界遺産であることでユネスコからお金が出ていて整備できているのだろうか。こういう国でこそ、ユネスコ世界遺産にして文化遺産や自然遺産を守ることは大切だと感じる。

時間があるのでお茶でも行くかというので、いつも行くらしい店(つまりコミッションがきちんと返る店だろう)へ連れて行かれる。メニューを見ているうちになんかおなかが減ってきたのでThali(インド定食)を頼む。観光地価格で140ルピーとやや割高だったが、案外いける。食事を済ませるとLighting Showの時間が迫っている。あわてて駆けつけるともう始まるところだった。西群の寺院のちょっと手前でプラスチックいすを並べて会場になっているので、プラスチックいすを最前列に付け加えて座る。ショーが始まると、カジュラホーの歴史、どうやって寺院が次々作られていったかの物語を説明しながら、順番に寺院がライトアップされていく。これはなかなかきれい、値打ちのあるショーである。

事前には僕は情報は仕入れられておらず、これを紹介してくれたタクシーのお兄ちゃんを、もしかしたらタクシーでなくても回れる距離かもしれないが、まあ任せてみることにした。
ショー終了後なんか眠くなってきて、ダンスはパスすることにする。ホテルでシャワーを浴びると移動の疲れもあったのかすぐに眠くなってきてかなり早くに床についた。

2012年1月23日月曜日

2月10日からKingfisherがOne Worldに加盟!

One Worldのホームページによると、インドの航空会社Kingfisherが2月10日に加盟するとのこと。
今までこういう国際アライアンスに加盟していたインドの航空会社はなく、Jet AirwaysがANAと提携していたくらいで画期的。ANAだとマイレージポイントはたまるけどプレミアムポイントは貯まらなかった。One Worldだとそのへん違うかもしれない。日本へ帰国するのにもCatheyが便利との話もあり、一度One World陣営の状況も調べてみよう。

2011年9月4日日曜日

インドの信州、ラダック地方を旅する-その5

朝、4時半に起きて身支度しようと思ったら停電で何も電気がつかない。
部屋に備えってあったろうそくに火を灯すが明るさが不十分で、洗面やらパッキングやらを暗い中iPadからも光をもらいながら何とか済ます。(髭剃りはスキップしたが)
5時10分頃にタクシーが到着したとの電話が入る。良く見ると電気も通じたらしい。出発できる状態になってから電気を付けたが、すぐまた部屋を出て電気を消した。何だったんだろう。
今日もまた同じドライバーさん。空港手前まではスンナリ行ったが、空港へ入るのに渋滞。まだ朝5時半やでー!
どうやらセキュリティチェックがあるらしい。Webチェックインした証明のプリントアウトと納税証明(PAN CARDと言う)をIDとして準備。15分ほど並んでようやく空港敷地内へ。ドライバーさんと別れて建物へ入るところでまたも行列。先ほどと同じチェック。
建物内に入るとまたも列が。僕はWebチェックイン済みで、もうカウンターに並ぶ必要ないだろう、と先まで行くとまずセキュリティチェックをするから並べ、と言われる、仕方なく並んで荷物と身体のチェック。
ようやくセキュリティチェックがおわったと思ったが、Webチェックインのプリントアウトしたボーディングパスではダメだという。結局チェックインカウンターでボーディングパスを印刷してもらって、それからまたまたセキュリティチェック。これは通常と同様、機内持ち込み手荷物と身体をチェックされる。
しかしわかったことはWebチェックインで席を確保する意味はあったが、プリントアウトしてもボーディングパスとしては通用しない空港がまだまだあるということ。特にここLehはインドからすると中国に近い防衛線間近の重要戦略拠点。まあセキュリティチェックが厳しいのは仕方がないのだろう。

離陸してしばらく左の窓を見ていたが、山より高くなったかどうか、というくらいから雲に覆われてきて、飛行機から見下ろすヒマラヤ山脈の景色はあまりなかった、残念。
それにしても、期待以上の素晴らしさだったラダック地方。今回行けなかったPongong湖や、1泊くらいの軽いトレッキングなど、やってみたいことは色々ある。ぜひまた戻って来たい場所だ。


2011年9月3日土曜日

インドの信州、ラダック地方を旅する-その4

昨日戻ってきてからPost Cardなどで美しい景色を見ていたのでTravel Agentの人に「できればPangong湖へ行きたい」と話をすると、許可証が必要で半日かかるとのこと。
そしてPangong湖は片道4時間かかるので、そうすると向こうで一泊する必要がある、あるいは許可証を事前に取っておいて日帰り往復か。これは無理だ。今回は断念する。
代わりに彼がいくつか提案してくれたうちの、クルマでいける世界最高地点Khardung La(峠)という案が気に入った。そこも許可証は必要だが片道2時間程度なので昼ごろ許可証を手にしてからでも十分間に合うとのこと。これに決めた。

朝8時頃Travel Agentの人がパスポートを取りに来た。これを持って役所に許可証をもらいにいくとのこと。
虎の子のパスポートを渡すのは若干不安だったが、この2日間で6000ルピーを稼いでいる上客を裏切ることはないだろうと信頼した。チベット系の顔だと何となくまだインド系よりは信用できる気がしてしまう。
だます人はどこにだっているのだろうが。
空が曇っていて大丈夫だろうか?とたずねると、ここは天気の変化が早いのできっと登ることは良くなるでしょ、とのこと。確かに山の天気は変化が早いよな、良い方に変化してくれると良いけど。

11時を10分か15分ほど過ぎて外でディーゼルっぽいエンジン音がした。来たなと思っているとフロントから電話が入る。
昨日のドライバーさんとまたまたTOYOTA QUALISが待っていた。助手席なら何とか耐えられることが昨日実証済みなので、今日も助手席に乗り込む。
Lehの街を北に上がり、王宮を横目に上がっていくと山道の入り口らしいところへ入ってきた。

ワインディングをどんどん上がりながら標高をかせいでいく。ちょっと美鈴湖から美ヶ原へのアプローチを思い出す。原チャリで上がったりクルマで上がったり学生時代やったなー。
自転車で松本から挑戦して美鈴湖のもうちょっと上まで行って断念したこともあった。あれで自転車は自信なくなったな。一度だけ上高地へ松本から行ったけどあれも最後バテて釜トンネルを歩いて押したし。


そうこうするうちにかなり上からLehの街を見下ろす感じになってきた。そしてLehの街の向こうにも山々が。何かすごく信州っぽい。
1時間も経っただろうか、チェックポイントへ着き許可証を提出。軍の設備らしきものが多少ある。

これまではほぼ全て舗装道路でかなりインドのこの辺鄙なところにしては良い道だったが、チェックポイントを過ぎると急に悪路に変化。
舗装もなかったりで凸凹していてグオングオン揺れる。こりゃ車酔い弱い人はダメだわ。
たまに対向車が来るが行き違いのときに登側が谷側になることが多く、ガードレールなんてありやしない道なので冷や冷やする。

もうおそらく標高5000m近くまで来ているのだろう。残雪もかなり見えてきた。
ここらへんの感じは、乗鞍岳で畳平から山頂に歩く途中の観測所辺りに似ている。
まあ完全に山の風景であり、グオングオン揺れるこの道もほとんど登山しているのと変わらない気分。


ツーリングでバイクで上がってくる人たちや、中にはマウンテンバイクで上っているヨーロッパ人のツワモノもいる。あのー、標高差2000m以上あるんですけど。
標高差1500mの美ヶ原で途中断念し、標高差1000mの上高地でもバテバテだった僕からは信じられない。恐るべきヨーロッパ人。やつらホントに自転車大好きなんだな。さすが自転車レースの地。
マウンテンバイクを大量に屋根に積んで上がっていくクルマもある。これは良いね。帰りだけダウンヒルを楽しむワケだ。これもヨーロッパ人多し。人生の楽しみ方を知ってるね。

ただちょっとスリップしたりして道から飛び出すともう終わり、という命がけダウンヒルだけど。ここらへんは誰も「ガードレールをつけてなかったインド政府が悪い」なんて訴訟しないんだろうな。うーん、大人。(勝手な思い込み?)

悪路に揺られまくりながら、でも景色を楽しみ、大揺れの中カメラを握り写真を撮っているうちにKhardung Laに到着。やった!
クルマでいける世界最高地点とか、クルマでいける世界最高地点のゴンパとか、クルマでいける世界最高地点のカフェとか、やたらと看板が出ていて、北海道かなんかみたいだ。
そして集団でその看板を背に大声で掛け声をかけながら何枚も写真を撮って、どこうとしないインド人おにいちゃん集団。うん、ここもインドだ。


何か半分宙に浮いているようなヘンな感じ、つまり高山病になりながらも、せっかくだから目の前の一番低いピークでも立ってみて、標高5600mのピーク登頂!って気分を味わいたく、あっ、ちょっと登ったから標高5620mか?
ゴンパにまずは階段で上がり、そこから岩を3点支持をしながら登っていってピークに立った。天気も何とか持って、視界も良く最高の気分だ!他に人もなく良い気分に浸っていると、もう一つ上のピークで声が。


見るとヨーロッパ人カップルだ。さすが全くどこでもちゃんと楽しむね、彼らは。あの姿勢たるやエライよ。こっちは高山病でフラフラ、心臓はドコドコ鳴っているがともかく気分だけは良いのだけど、彼らはきっと体も大丈夫なんだろう。(勝手な思い込み)
さて、いざ降りようとするとこれがけっこう急でなるべく3点支持が継続できる場所を選んで慎重に降りる。こんなあまり誰も登っていないようなところで足を怪我なんかしてもまず誰も気づいてくれないのだ。
何とかかんとかゴンパのところまで来て、あとは階段で降りる。
ウチのクルマがもう帰りの方向のUターンしてスタンバイしている。どうやら「早く行こう」ということらしい。クルマでいける世界最高地点のカフェでチベット料理でも食べたいと思っていたが、反対側から軍のトラックが何十台も登ってきていて巻き込まれると降りるのに何時間かかるかわからないとらしい。
でもまだ看板をバックにした写真を撮ってないし、ドライバーさんにお願いして速攻で撮影して、QUALISに乗り込む。


若干あわただしかったが、でも初体験の標高5600mはかなりイケてる経験だった。何かここも気分は乗鞍。クルマでほとんど行ったんだけど3000m登っちゃった、みたいな。


下りでは既に軍のトラックが10数台ほど先行していて徐々に追いつくと、ディーゼルの汚い排気で臭い。仕方なく窓を閉めて走行する。何台かは追い越したがチェックポイントで残りがいなくなり、ここまではみぞれも降ってきてなかなか大変だったが、チェックポイント以降は道路状態も天候も良くなり順調に下る。
Lehの街に戻ると既に3時を回っていた。最後Agentがもう一度会って話したいとのことで、今日の分を精算し、事務所にあったパソコンで帰りの航空券のWebチェックインをさせてもらう。
そして次回の為に連絡先をもらってお開き。
必ずまた来たいと思う、インドの信州ラダック地方。そしてLehは言わばインドの白馬ってところか。岳都松本?とも思ったけど、より山が迫っていてトレッキングなどがそこら中でやっていそうで、小さな街でもある感じが夏の白馬だ。白馬は軍隊はないけど。

Agentのオフィスからぶらぶら歩いて帰りがてら、土産にドライバーさんがかけていた影響でチベット音楽のCDを買う。そしてせっかくなのでターコイズ製品を、と思いアクセサリーを物色するがどうもピンとくるのがない。
どうせ買うならチベット系の店でと思うのだが、伝統的過ぎてTシャツにカジュアルに合わせる感じでもないし、かといってそういうのを売っているのはインド系の店だったりしてあまり買おうという気になれない。(どこか彼らは便乗商売の匂いがする。やたら声をかけてくるのはインド系)
そこで入ったのがTigetian Artsというチベット系のおじさんがやっているお店。店内は暗く「停電中なのでごめんね」と言う商売気のなさが気に入った。インド系の店はホンダの自家発電機で明るくしているのだか。

やはりアクセサリーはどうも現代服に合う気がしなくて、ターコイズのビーズになったものを買うことにした。アンティークで質の良いものをグラム60ルピーで売るというので、大きなもの、小さなものにより分けてそれぞれ30個、5-60個くらいになっただろうか。
日本に帰ったときに妻と娘2人に渡して自分たちで好きなように組み合わせて作って使ってもらおう。
おじさんによるとあと2週間くらいすると店を閉めるらしい。なるほどここは軽井沢か。シーズンが終わると店もしまってひっそりとなるんだ。(現在では年中にぎわうアウトレットもあるけど、たぶん旧軽井沢は今もオフシーズンはひっそり?)
で、おじさんはカトマンズにも店を持っていてそっちに戻るらしい。チベット系ネパール人ということだ。


買い物もして満足し、ちょっとインターネットがしたくなりネットカフェへ。ホテルのネットは落ちっぱなしだったのでちょっと久々。西洋人がいっぱいネットをしている。おっと隣は韓国人。
国際色豊かな夏のラダック地方なのでした。

さ、明日は4時半おきで朝のフライトで帰るのみ、早寝するとするか。

2011年9月2日金曜日

インドの信州、ラダック地方を旅する-その3

今日は4つのゴンパ、ラマユル、リゾン、アルチ、リキールと回る予定で、時間がかかることも予想されるため7時半にホテルを出発した。
なぜか今日は昨日のマヒンドラではなく、トヨタの古いQualis。
今僕がムンバイで普段乗っているInnovaの前のモデルで、インドネシアではKijangという名前で有名な後輪側が板バネのトラックベースの9人乗りのクルマだ。

後席に乗って腰が痛くなるのは嫌(昔ジャカルタ出張で経験あり)なので助手席に座る。
Lehの市街地を出ると空港の横を通る昨日とは違う道を行く。空港も空軍の施設だがその痕も基地が色々続く。本当に基地の街という感じだ。
インダス川に沿ったり、上へ上がったりしながらもクルマは順調に進む。

途中Basgoという街までは時々工事中の場所はあるがそれ以外はほぼ舗装路で順調に来た。しかしその後アルチゴンパへ行く道との分岐以降になると、
単に舗装工事というのでなく、インダス川に這い蹲るように付いている道が崩れて塞がっているのを復旧しているかのような工事で、道の端ぎりぎりを走られると川の藻屑となりそうで、かなりビビる。
でもそれはまだ序の口だった。

Khalsiというところでパスポートチェックがあり、いよいよラマユルゴンパへ向かい山道を登り始めて10-15分くらい経っただろうか。
片側交互通行なのか、クルマが並んでいる。しばらく待っているが動きそうにない。
どうやら工事中でひと段落するまで通れないらしい。仕方なく待っているが10分経っても20分経っても進まない。


結局45分くらい待ってようやく進んだ。やれやれさすがはインド。
でもこうなると4つ回るのは苦しくなってくる。どれを落とすか?

3時間45分かけてようやく着いたラマユルは、ゴンパとしてはそれほど見所がなかった。到着寸前のMoon Placeと呼ばれる不思議な月世界っぽい眺めがハイライトか。


帰りもどうせまたなかなか通れないだろうことを予測し、食堂で早い目のランチとする。チベット料理、モモ(餃子)とトゥクパ(スープ麺)だが、一昨日のと同様の白湯っぽいスープでなかなかいけた。
出発してしばらくMoon Placeのあたりで列が。やはりまた待たされるらしい。せっかくのなので月世界の写真をせっせと撮りながら待つ。またまた45分、ようやく動いた。

さてこれで完全に4つ回るのは無理。今回のハイライトであるアルチを優先させることを決め、ドライバーが色々言っていたが「とにかくこのままアルチへ行ってくれ」と走らせた。
またも途中工事中のダートが多数あるなか何とかアルチに着いた。ラマユルを出てかれこれ2時間20-30分。あの工事がなければ1時間半-45分程度だったってことか。


クルマを降りゴンパへ向かうが周りには土産物屋しかなく、いったいどれがアルチのゴンパ?とゲストハウスっぽい入り口をくぐるとストゥーパが。どうやらここらしい。
しばらく行くと三層のちょっと古い木造の建物が。いきなりハイライトのスムツェクらしい。すばらしい壁画を撮影されてもらおうと思っていら、「Camera is strictry prohibited inside」だって。
他のゴンパはフラッシュ禁止だけど撮影OKなのに残念。

その分目に焼き付けようと中を見回すと、極彩色が剥げ落ちた仏像たち、同じく極彩色が剥げてきた壁画、そして上の階層の壁画、なんかギリシャっぽい柱などこれは他にはない。
何回も見ているうちに中心のストゥーパを3周していた。インド人の女性2人組みは狭いのに瞑想を始める。ポーズがちゃんと仏像らしく手をちゃんと構えている。さすがだ。
他の堂も全て11-12世紀くらいのものらしく壁画が素晴らしかった。これから見ると他のゴンパは割合最近描いた絵という気がする。

そしてストゥーパの下側にくぐれるところにもぐってみると、ここにも壁画が。ここは別に撮影禁止と描いてないのでしっかり撮らせてもらった。
裏に回るとインダス川がとうとうと流れている。周りは高い山々。ここもまた素晴らしい場所だ。

アルチを満喫して次のリキールへ。また幹線に戻り、ところどころの工事中はあったものの割合順調に来た。ここリゾンの立地も素晴らしい。他のゴンパも山々に囲まれて山上に位置するものが多く眺めが良いのだがここもまた良い。

今日はまた一段と青空が青々としていて山とのコントラストが素晴らしい。たぶん写真もそういう風に写ってくれているのではないだろうか。
屋外にある大きな座っている仏像は修理中らしく足場がかかってしまっていた。色はここまで派手ではないが山梨の大月をちょっと思い出す。
堂もいくつかありそれぞれ悪くなかったが、青空と山とのコントラストに一番見とれてしまった。ゴンパと山と空を一緒に入れた写真をたくさん撮ってしまった。

駐車場に戻るとドライバーさんが社内をお香で焚いていた。クルマを清めるためだろうか?それとも香りを良くするためだろうか?
そしてかけていたテープを切るか?と聞くのでそのままで良いよと言っておいた。何音楽か聞くとチベット音楽だそうだ。
確かにインド音楽とはゼンゼン違って、何か懐かしい感じ。歌もインドのお姉ちゃんのやたらキンキンしたぶりっ子発声ではないし、
フォーク調だったり民謡調だったり、ポップス調だったり色々するが、なんか沖縄っぽい、タイっぽい、そうアジアのつながっている音楽。
インド音楽はその流れから切れているんだな。チベットはやはり東アジア文化にちゃんと連なっていることを実感。
そうやってチベット音楽をかけながら東富士演習場みたいな基地を通り抜けていると、何かここは沖縄に似てるかも?とも思ってきたりする。
お寺は派手だし、最前線で基地の街。兵士はよそ者。(ここは地元のチベット系に対しインド系、沖縄はウチナンチュに対し米人)

ほとんどクルマですごしたような一日だったが変化する山と川、大地の景色に飽きることはなかった。
北アルプスなどを眺めることが好きであれば、ここラダック地方はたまらないかもしれない。 

2011年9月1日木曜日

インドの信州、ラダック地方を旅する-その2

昨夜手配したタクシーが9時過ぎにホテルへ来た。
どんなクルマかと思っていたが、マヒンドラのXyloという4WDでこれは安心。
昨日空港から乗ったマルチのOMNYという30年位前のキャリィで遠距離はさすがにゴメンだったので助かる。

Lehの中心部を出ると荒涼とした中に学校があり制服を着た少年少女がたくさんいる。
周りは北アルプスの尾根周辺のような草木もあまりない景色の中、彼らは良くこういうところで生きていると思う。
でもシルクロードの支流としてLehの街の歴史は長く、人々はここに長く暮らしているらしい。たくましい。

しばらく行くと川(インダス川上流)沿いの道になり、川周辺は緑のある気持ちの良い景色。山上にゴンパがある場所をいくつか過ぎていく。
午後帰りによる予定のティクセなどらしい。僕らのクルマは最初の目的地であるチェムレへ向かってひた走る。途中Kharuという場所で道を分岐するがここは軍の施設の並ぶ前線基地という風情。
国境近くの防衛線に近いということを認識させられる。兵士はほとんどインド系の人でチベット系は見かけない。
元々ここレダックにチベット系が住んでいたところを軍事的な理由で基地をたくさんつくりインド系がたくさん入ってきたように見える。

分岐点から細くなった道をしばらく行く。周りは完全に高山世界の荒涼とした景色。その中を緑のベルト地帯が続く。先ほどのインダス川に流れ込む支流周辺だけが緑に立って人が生活を営んでいるようだ。
そんな中突如として山上にゴンパと白い建物が並ぶのが見えてきた。チェムレだ。
修道僧が下界から隔離されて修行に励むという点で東西同じようなところができるのが面白い。
中に入ると観光客は誰も居ないようだ。いくつも堂があるようだが、まず一番下の堂に入る。座って仏像を見上げていると若いお坊さんがお経を読み始めた。


でも時々あくびをしたり、何か飲みながらお経を読むのでちょっとおかしい。義務だから読んでいる感じ。ホントは遊びたい年頃だが次男、三男でお寺に預けられたのだろう。
他の堂にも行って見るが複雑な構造であちこち上がっていくつも入ってみた。迷路のような感じが面白い。全般的に人が少なく落ち着いた感じでなかなか良い。

チェムレゴンパを後にして、次のヘムレと向かう。途中斜面を大きくジグザグに登っていく感じが夏のスキー場、ちょうど栂池高原のようだ。
そして登りきったところへゴンパとその周りの建物が多数あった。
ゴンパの境内(そういう言い方をするか知らないけどまさにそういう感じの場所)へ入ると少年僧がいっぱい。地域の次男、三男がみんな集まっている(?)って感じ。

なかにはキックしたりじゃれあっているのも居て、小学校と同じ感じだ。
メインで2つお堂があるらしく手前ドゥカンに入ると大きな仏像が。これはなかなかだ。隣のツォカンへ入ろうとしたら工事中で立入禁止だって、こりゃ残念。
上の階などうろうろしていたら、その工事要因なのか民族衣装を着て休憩しているチベット系のおばさんたちがたくさん居た。「日本人?」か聞くので「日本人」と答えたら何か納得していた風だった。
周りのオバサンに「ほらね、当たったでしょ」と自慢してたのか?
ゴンパを出て山の山腹ぐらいにあるストゥーパまで道が着いているのだ上がってみる。途中僧たちが寝泊りしているであろう建物が続いていて興味深い。

上まで良くとヘムレ全体が見渡せて、後ろに山が見えて素晴らしい眺め。上がってみてよかった。
何とか息が苦しくもならない、体はだいぶ慣れてきたようだ。

次のティクセは来た道をだいぶ戻ったところにあった。ここも下から見上げると欧州の修道所っぽい感じで建物が集積している。
駐車場から上がっていくが案外急坂。さっきよりもしんどい。何とかようやく回廊へ着きメインのお堂に入ると、またまた金色と大きな仏像。ここでも壁画、天井などじっくり眺めさせてもらう。

他のお堂もやたらあってかなり見ごたえがあるゴンパである。隅々まで見て回って写真をいっぱい撮ってここを後にする。

10分も走らないうちにシェイの王宮跡へ到着。ここは下の道路から自分の足で丘の上まで上がっていかなくてはならない。

この上りがかなりこたえる。やはりまだ軽く高山病なのだろうか、それとも単に足の筋肉が衰えまくり?
ゴンパは今まで見てきたのでまあこんなもんかって感じ、悪くはないのだけど。
それより横にある城跡が気になる。上へもっと上がれないかうろうろしているうちにそれらしき道を発見。どんどん行って見るとぐるっと一周しながら丘へ上がっていく道だ。
でもけっこう崩れやすい道な上に僕以外誰一人いない。一番上に行くことは断念し形がまだある程度残っている城跡を見て、下に見えているゴンパへまた戻る。
下界の景色はインダス川沿いの緑が美しい。小さい池もありこの地方としてはパラダイスと言えるだろう景色。

帰りはまだ時間も早いのでホテルではなく、Lehの中心部メインバザールへ行ってもらい、そのへんをぶらぶら歩くことにする。だんだんとLehの街がつかめてきた感じだ。

チベット料理でまだモモを食べていないのでどこかで試そうと、チベット料理店を覗く。
1件目はトゥクパはあるけどモモがないとのこどでやめて別のところに入って見ると、まだ6時にもならない中途半端な時間なのに、案外お客さんが入っている。
しかもチベット系が多い。これはおいしい店かと思いメニューのオススメのスペシャルなモモを頼んだ。
後から入った人もモモを頼んでいる。でそうこうするうちに他に人のテーブルにはモモが運ばれるが、僕には来ない。
何?と思っていると餃子というより肉マンでしょ、というのが僕のところに運ばれてきた。どうやらスペシャルは肉マンということのようだ。
食べてみると悪くないし、たいらげる。また来ても良いな、このお店。



時間もまだ早いし、さらにLehの街の土地勘をつけるためぶらぶらホテルまで歩いて帰るとする。
途中インターネットに出ていたほかの色々なホテルの前も通ってなんとなく街の感じはつかめてきた。